1999年11月13日、名古屋市の静かなアパートで一人の若い母親が幼い息子の目の前で命を奪われました。2歳の子の昼食の準備をしていた最中、突然訪れた来訪者によって日常が血に染まったのです。あの日から26年、遺された家族は悲しみと問いを抱え続け、犯人逮捕への希望だけを支えに生きてきました。そして2025年11月、ちょうど事件から26年を迎える直前、その願いはついに現実のものとなりました。犯人逮捕後に報じられた新事実をもとに、容疑者の動機、捜査の進展、そして遺族や周囲の声に焦点を当て、この事件を振り返ります。
容疑者の動機と背景にあるもの
逮捕された容疑者は安福久美子(69)。驚くべきことに、被害者・奈美子さんの夫である高羽悟さん(当時と同い年の69)の高校時代の同級生でした。事件5カ月前の1999年6月、二人は卒業以来約20年ぶりに部活のOB会で再会しています。安福容疑者は学生時代、悟さんに恋心を抱き、バレンタインにチョコを渡したり大学のキャンパスに押しかけたりした過去があり、当時悟さんに告白していました。しかし悟さんは「彼女から告白を受けていたので、それには応えられなかった」(振らざるを得なかった)と述べています。互いに大学卒業後は長らく接点が途絶え、安福容疑者もその後結婚して家庭を持ったといいます。
再会したOB会で、悟さんは妻と子どもがいる近況を語り、家事に育児に仕事にと忙しいが頑張っていると話しました。安福容疑者も自分が結婚し仕事と両立している苦労を語ったといいます。悟さんは「『あんたにフラれたけど今は幸せにやっている』という意味に取った」と振り返りました。しかしそのわずか5カ月後に、安福容疑者は悟さんの妻・奈美子さんを襲ったのです。
動機について、安福容疑者は逮捕直後の取り調べでこう供述しました――「被害者の夫(悟さん)の女性や子育てに対する考え方が嫌いだった」。約20年ぶりに再会した際、悟さんに対して強い嫌悪感を抱いたとも伝えられています。安福容疑者は「女性は家庭に入るべき」など悟さんの発言内容に不満を募らせたと主張しているようですが、それについて悟さん本人は「そんな話はしておらずデタラメだ」と明確に否定しています。悟さんからすれば、なぜ同級生だった彼女が自分にそこまで憎悪を向けたのか、未だに理解できない部分が残ります。
心に秘めた想いが歪み、長年くすぶり続けた末の犯行だったのか――。安福容疑者は逮捕当初こそ「(殺人容疑は)間違いありません」と認める発言をしていたものの、すぐに黙秘に転じて取り調べを拒否してしまいました。26年という歳月を経てようやく語られた動機の断片は、「夫への嫌悪感」という一側面に過ぎず、本当の真相は彼女の胸の内に沈んだままです。事件当時、彼女は名古屋市内の会社で事務職に就き、家族と暮らして平穏に日常を送っているように見えていました。近所でも「おとなしい印象しかない」人物だっただけに、その内側に何が潜んでいたのかと周囲は言葉を失いました。
捜査の進展と“26年目の真実”
事件後、夫の悟さんはすぐに引っ越したものの、犯行現場となった名古屋市西区のアパートの部屋を借り続けました。月日が流れ家賃の総額は2200万円以上にもなりましたが、それでも手放さなかったのは、室内に残された決定的証拠を風化させないためでした。悟さんの執念とも言える行動が、やがて事件解決の礎となります。
現場の玄関先には犯人のものと思われる血痕が残されていました。奈美子さんと揉み合う中で犯人も怪我を負い出血したとみられ、警察の鑑定でB型の女の血液であることが判明しました。さらに玄関には24センチの韓国製の靴跡も残されており、当時警察は目撃情報などから似顔絵を作成して捜査を進めています。延べ10万1000人もの捜査員を投入し、5000人以上から話を聞く大捜査となりました。それでも長らく犯人の特定には至りませんでしたが、警察の地道な捜査線上には以前から“ある女性”の存在が浮かんでいたといいます。しかし確たる証拠がなく年月が過ぎていく中で、事件は未解決のまま25年以上が経過しました。
状況が一変したのは今年(2025年)10月30日のことです。なんと安福久美子容疑者本人がふらりと一人で警察署に出頭してきたのです。供述によれば、「家族や親族に迷惑をかけられないし、捕まりたくなかった」と26年間逃げ続けてきたものの、ついに自ら名乗り出る決意をしたようでした。警察はすぐさま逮捕に踏み切り、容疑者のDNA型を現場に残された血痕と照合。その結果、DNAが完全に一致したことが逮捕の決め手となりました。疑われ続けた一人の女性と、現場に残された“B型の女”が結びついた瞬間でした。
逮捕翌日には、安福容疑者立ち会いのもとで悟さんが保存し続けてきた現場アパートの実況見分が行われました。容疑者の説明は当時の現場状況と概ね一致し、奈美子さんの首を刺した凶器の刃物は自ら持ち込んだもので、室内の包丁には使用された形跡がないことも裏付けられました。11月2日に実施された容疑者宅の家宅捜索でも凶器は見つからず、処分された可能性が高いとされています。長年謎だった犯行の詳細が、容疑者の口から少しずつ明らかになってきたのです。
現場の部屋には、当時の生活の跡がそのまま残されていました。リビングのテーブルには剥きかけのミカンが置かれ、作りかけの味噌汁や2歳の航平くん(奈美子さんの長男)のおもちゃ、ソファには見かけのビデオテープが置きっぱなしになっていたといいます。几帳面な性格だった奈美子さんが途中で手を止めていることから、「おそらく昼食用にミカンの皮を剥いている途中でインターホンが鳴ったのだろう」と悟さんは推測しています。穏やかな日常が一瞬で断ち切られた凄惨さが、この室内の光景からも伝わってきます。警察もまた、安福容疑者が予告もなく刃物を持って訪れ、奈美子さんは不意を突かれて襲われた可能性が高いと見ています。
逮捕から半月後の11月14日、名古屋地検は安福容疑者の鑑定留置(精神鑑定のための留置)を開始しました。犯行当時の刑事責任能力の有無を慎重に判断するためで、起訴後の公判で責任能力が争点となり得ると見据えた措置です。期間は明らかにされていませんが、通常数カ月に及ぶことから、公判前の長い司法手続きを経て真相解明が図られる見通しです。高齢となった容疑者が当時どのような精神状態だったのか――26年越しの事件は、これから法廷で詳らかにされようとしています。
遺族の叫びと周囲の声
2025年11月13日、犯人逮捕後初めて迎えた妻の命日に、夫の高羽悟さんは報道陣の前で静かに心境を語りました。「最後のビラ配りにしようと昨年約束していたんです。ついに念願がかなって、犯人を捕まえて最初の命日を迎えられてよかったと思います」。毎年事件発生日に合わせて警察と共に情報提供を呼びかけるビラ配りを続けてきた悟さんにとって、この26年目の命日は特別な意味を持ちました。長年の祈りが通じ、犯人逮捕という形で妻に報告できたことに安堵しつつも、「まだ動機がはっきりせず分からない」と未だ晴れぬ思いも口にしています。
犯人が高校の同級生だったと知ったとき、悟さんは「びっくりしました。なんで?と思いました。あんな大人しい子が…」と声を震わせました。そして今、胸に去来するのは深い悔しさと喪失感です。「妻じゃなくて、私を刺しにくればよかったのに。家内を殺すほど、僕は彼女に対して悪いことをしましたか」――26年という歳月を経てもなお癒えない後悔が滲む言葉です。自分に向けられた憎しみのために、何の罪もない最愛の妻が犠牲になった現実。その理不尽さに、悟さんは今も苦しめられています。事件当時わずか2歳だった息子・航平さんは、母の倒れる姿を目の当たりにしました。幼子を残して息絶えた奈美子さんの無念を思うと、家族の悲しみは計り知れません。
しかし悟さんは、絶望に屈しませんでした。事件後も「犯人を枕を高くして眠らせはしない」という強い信念で臨み、警察とともに訴え続けてきたのです。その執念が功を奏し、安福容疑者自身も「26年間、毎日不安だった。事件のニュースも見られず、発生日が近くなると気持ちが沈んだ」と語るほど、逃亡の日々は追い詰められたものでした。容疑者逮捕という結果は、遺族の粘り強い訴えが犯人の心を揺さぶり続けた一面もあるのかもしれません。
逮捕後、安福容疑者は取り調べを拒否し沈黙を貫いています。それでも悟さんは、彼女に対してただ一つだけ望むことがあります。「謝っても奈美子は戻らない。謝罪はいらないから、事件のあったことを正直に話して、裁判を早く終えて刑務所へ行ってほしい。それが遺族への唯一の誠意だと思っています」。長年同級生だった相手に対し、悟さんは怒りや憎しみよりも「真実を語ってほしい」という思いを繰り返し訴えています。もし本当に反省の気持ちがあるのなら、事実を明らかにし罪を償うことで示してほしい――それが遺族の切なる願いです。
悟さんは警察や検察への協力も惜しみません。公判で責任能力や量刑が争点となれば、「たとえ一人しか殺していなくても、26年間家族が受けた精神的苦痛を考えれば無期懲役が筋だ」と検察官に伝えたいとも語っています。それほどまでに深い傷を遺族に負わせた罪の重さを、加害者には真摯に受け止めてほしいという思いが込められています。悟さんは逮捕後、安福容疑者が素直に真相を明かし遺族に向き合ってくれることを期待しました。しかし黙秘という現実を前にし、「それが甘かったということは十分わかった。26年これだけ待ったので、ここから裁判が5~6年長引いてもしょうがない」と、長い闘いを受け入れる覚悟も示しています。真実解明と正当な罰を求める執念は、犯人が逮捕された今も消えてはいません。
事件の報に接した周囲の人々もまた、様々な思いを抱えています。安福容疑者をよく知る同級生たちは「山口(安福容疑者の旧姓)さんはおとなしい印象しかない。だから余計『なんで?』って…」と口々に驚きを隠せません。「ずっと“透明人間”みたいだった」と表現する人もおり、ここ最近は地域の行事にほとんど顔を出さず“消えた存在”だったとも伝えられています。近隣住民の中には、彼女の姿を全く見かけず一人暮らしだと思っていた人もいたほどです。安福容疑者には夫と二人の息子がいましたが、子ども絡みで些細なトラブルを起こしたこともあったようです。2000年頃、小学校で自分の次男が同級生に鉛筆で突かれた際、学校に相手側へ謝罪を求めに行ったという証言も残っています。普段は目立たない彼女が、家族のこととなると強い一面を見せたエピソードです。
それでも、26年前の犯行との接点は容易につながりません。地域で静かに暮らし、“良き母・妻”として映っていた女性が胸に秘めた狂気に、周囲は戦慄しました。「ずっと普通の人だと思っていたのに」「まさか同じ地域に犯人がいたなんて」――事件解決のニュースに接した市民からも、そんな声が漏れ聞こえてきます。長年未解決だっただけに、人々の驚きと関心は大きく、報道を通じて様々な議論も巻き起こりました。犯罪の時効が撤廃されていなければ真相は闇に消えていた可能性もあり、改めて「時間の風化」に抗い続けた遺族の努力に称賛の声が集まっています。
26年という気の遠くなるような年月を経て迎えた逮捕劇。しかし遺族にとって、本当の意味での決着はまだついていません。真実が法廷で明かされ、正当な裁きが下される日まで、悟さんたち遺族の闘いは続きます。愛する人を奪われた悲しみと向き合いながら、それでも前を向いて歩み続ける遺族の姿は、多くの人々の心を打ちました。静かにしかし力強く、「奈美子は戻らない。でも真実だけは奪わせない」と訴え続ける悟さんの姿に、私たちは深い尊敬と共感を覚えずにはいられません。今回明らかになった動機の断片と犯人の素顔は、まだ完全な答えではないのかもしれません。それでも、長い長い歳月を経て今ようやく、奈美子さんと遺族の無念に応える扉が開かれようとしています。その行方を、多くの人が見守っています。
【参照sources】news.tv-asahi.co.jpameblo.jpnewsdig.tbs.co.jpbunshun.jpfnn.jpbunshun.jpbunshun.jpnewsdig.tbs.co.jpnewsdig.tbs.co.jpnewsdig.tbs.co.jpnewsdig.tbs.co.jpfnn.jpfnn.jpnippon.combunshun.jpbunshun.jpfnn.jpnewsdig.tbs.co.jpfnn.jpfnn.jpfnn.jpbunshun.jpfnn.jpnewsdig.tbs.co.jpbunshun.jp



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