桜庭里菜(19)江戸川区元交際相手刺殺事件

凶悪事件

事件発生

2022年1月9日(日)の穏やかな午後、東京都江戸川区のとあるアパートにサイレンの音が鳴り響きました。閑静な住宅街を突如かき乱したのは、一件の110番通報です。「元カノに刺された…!」と必死に訴える若い男性の震えた声――電話の主は佐藤優作さん、25歳。駆け付けた警察官と救急隊員が目にしたのは、アパート脇の駐車場で腹部から大量の血を流し崩れ落ちている佐藤さんの姿でした。すぐに病院へ搬送されたものの、彼は約7時間後、出血性ショックのため静かに息を引き取りました。年明け早々に起きた悲劇的な事件に、誰もが言葉を失いました。

現場の部屋には、佐藤さんと同居していた19歳の少女が怯えた様子で座り込んでいました。刃渡り15cmほどの血まみれの包丁が床に落ちています。少女は取り乱しながらも警察に対し、「台所の包丁で刺した」と自ら犯行を認めました。逮捕された少女の名前は当初伏せられていましたが、のちに桜庭里菜(さくらば りな)と判明します。桜庭里菜は佐藤さんの元交際相手であり、二人は同じ部屋で暮らす関係でした。なぜ彼女は、かつて愛し合ったはずの佐藤さんに刃を向けたのか? そして佐藤さんは最期にどんな想いで息絶えたのか? 愛と裏切りが交錯した事件の背景には、想像を絶する真実が隠されていました。

出会いと上京

佐藤優作さんは青森県青森市で生まれ育った青年でした。穏やかな性格で誰からも愛され、地元では仲間たちとオートバイでツーリングを楽しむような快活な一面もありました。高校卒業後は地元のバーや建設会社に勤め、真面目に働きながら家族思いな日々を送っていたといいます。そんな佐藤さんの前に現れたのが、当時高校3年生だった桜庭里菜です。里菜も青森市の出身で、2020年に佐藤さんとの交際が始まりました。当時18歳だった里菜は「いつか東京で暮らしてみたい」と都会への強い憧れを語り、6歳年上の佐藤さんも彼女の夢を応援します。

やがて佐藤さんは上京資金をコツコツと貯め始めました。自分も東京で新たな仕事に挑戦し、将来は起業したいという密かな目標も持っていた佐藤さんにとって、里菜との上京は人生の大きな転機となるはずでした。周囲には「彼女のためにもしっかり働いて、東京で苦労させないよう頑張らないといけないんだ」と決意を語っていたといいます。そして2021年4月、二人は手を取り合って故郷の青森を離れ、希望に胸を膨らませ東京へ向かったのです。

東京での新生活は、最初こそ輝いて見えました。江戸川区篠崎町の小さなアパートを借り、二人で同棲をスタート。佐藤さんは都内の建設会社に就職し、持ち前の明るさと誠実さで職場にもすぐ馴染みました。新しい仲間に青森のリンゴを配って気遣いを見せたり、社員旅行で率先して同僚のお子さん達の面倒を見たりと、その人柄は東京でも変わりませんでした。一方、知り合いのいない大都会で不安もあったはずの里菜ですが、最愛の恋人と一緒の生活に初めは安堵しているように見えました。誰もが二人の前途に幸せを疑わなかった頃です。

クラブ通いからの浮気

しかし、東京での暮らしが数ヶ月過ぎた頃から、二人の歯車は少しずつ狂い始めます。環境の変化は、まだ十代だった桜庭里菜の心に影を落としました。都会の刺激的な夜の世界に触れた里菜は、次第にクラブ通いにのめり込むようになります。夜通し遊び歩いて朝帰りする日もあり、未成年であるにもかかわらず部屋でタバコを吹かす姿も見られるようになりました。それまで穏やかだった彼女の性格もどこか激しく不安定になり、感情の起伏が激しくなったといいます。佐藤さんは職場の先輩に「彼女、ちょっと様子がおかしくて…実はうまくいってないんです」と悩みを打ち明けることが増えていきました。里菜の突然の変貌に、佐藤さんは戸惑いと不安を募らせていったのです。

そして同棲開始からおよそ3ヶ月、2021年夏、決定的な出来事が起こります。ある日、桜庭里菜が佐藤さんに向かって突然こう告げたのです――「他に好きな人ができたから」。青天の霹靂の別れ話でした。里菜は東京のクラブで知り合ったというアメリカ人男性に心惹かれ、彼を新たな恋人に選びたいと言うのです。この告白に佐藤さんは大きなショックを受けました。まさか支え合って上京してきた恋人から、わずか数ヶ月でそんな言葉を聞くことになるとは思いもしなかったでしょう。

里菜から別れを切り出されたことで、二人の関係は2021年夏には事実上破局しました。しかし問題はそれで終わりません。里菜は佐藤さんと別れた後も、なんと同じアパートに居座り続けたのです。彼女には東京に親しい知人もなく、当時コールセンターでアルバイトをしていたものの貯金も乏しく、未成年ゆえに自力で新居を契約することも難しい状況でした。「今すぐ物件を探すから」と佐藤さんに言い訳をしつつ、荷物をまとめる様子もありません。裏切られた形の佐藤さんでしたが、彼女を追い出すことはしませんでした。それどころか里菜の両親とも連絡を取り合っていた彼は、「無責任に放り出すわけにはいかない」と自らの住まいにとどまることを許したのです。愛情はもはや無くなっていたかもしれません。しかし、上京する彼女に付き添った責任感や情も残っていたのでしょう。佐藤さんは苦悩しながらも、奇妙な同居生活を続ける道を選びました。

破局後の同居生活

破局後の同居生活は、佐藤さんにとって耐え難いものでした。恩情で住まわせてもらっているはずの里菜でしたが、感謝するどころか家主である佐藤さんより大きな顔をして振る舞うようになります。「今から男と電話するから出て行って」「今日は家に帰ってこないで」──仕事を終えて疲れて帰宅した佐藤さんに、里菜は平然とそんな命令を突きつけました。真冬の寒空の下、佐藤さんは近所の公園で何時間も時間を潰さねばならないことも度々でした。あまりの不憫さに彼を自宅に呼んで夕飯を食べさせてあげた同僚もいたほどです。それでも佐藤さんは「家に帰りたくないよ…」とぽつり漏らすのが精一杯でした。住まいの契約者も家賃の支払いもすべて自分。にもかかわらず「お前が出ていけ」と言われる屈辱──その胸中はいかばかりだったでしょう。

里菜の理不尽な振る舞いはそれだけではありません。佐藤さんのお気に入りの衣服に漂白剤を勝手にぶちまけて台無しにしたり、彼が飲もうとしていたジュースにこっそりタバスコを混入したり、さらには彼の歯ブラシでトイレの便器を磨く…といった陰湿ないじめ同然の嫌がらせまで行っていたのです。もはや愛情どころか、人としての思いやりすら感じられない仕打ちでした。それでも佐藤さんは怒りをぶつけることなく耐え続けます。家事はすべて佐藤さんの担当で、夜9時過ぎに仕事から帰ってきてからも疲れた体に鞭打ち、里菜の夕食まで用意する毎日だったといいます。心も体も擦り減らされるような日々でしたが、それでも佐藤さんが里菜を追い出さなかったのは、「彼女がちゃんと独り立ちするまでは…」という責任感があったからでした。里菜と別れてしまった今となっては東京に居続ける理由もなく、本当ならすぐにでも故郷の青森へ帰りたい――そんな思いを飲み込み、彼はひたすら我慢の日々を過ごしていたのです。

佐藤さんの友人たちは、里菜の変貌ぶりに薬物の影を疑っていました。実際、彼の知人に見せていたLINEメッセージには「里菜がクラブでドラッグを覚えてしまい困っている」という趣旨の相談が残されていたともいいます。いずれにせよ、優しかった少女はいつしか“手のつけられない他人”に変わり果て、佐藤さんを精神的に追い詰めていきました。

迫る別離と安堵の兆し

そんな地獄のような同居生活にも、ようやく終わりが見え始めます。2022年に入る頃、桜庭里菜が突然「2月になったらアメリカ人の彼と一緒に渡米するつもり」と言い出したのです。新しい恋人と海外へ旅立つ計画を聞かされた佐藤さんは、「これでようやく解放される…」とほっと胸を撫で下ろしたといいます。約半年にわたる奇妙な共同生活は、間もなく終止符が打たれるはずでした。おそらく佐藤さんは、自由を取り戻した後に大好きな家族や友人の待つ故郷へ帰ろうと考えていたのかもしれません。

2022年1月8日、佐藤さんは新年最初の職場の飲み会に参加していました。席上、「今年もよろしくお願いします!」と元気に挨拶し、同僚たちと酒を酌み交わした彼の笑顔は、とても充実していたと言います。長かった苦悩の日々ももうすぐ終わる――そんな安堵感からか、晴れやかな表情だったとも伝えられています。しかしその翌日、彼を待ち受けていたのは想像を絶する悲劇でした。

事件当日

2022年1月9日(日)。三連休中日の穏やかな昼下がりでした。佐藤優作さんは自宅のベッドに横になり、スマートフォンを触りながらくつろいでいたと言われています。年末年始には一人で故郷の青森に帰省していた佐藤さん、この日は東京に戻ってきて数日目の週末でした。部屋には桜庭里菜も一緒にいましたが、特に口論になっていた様子はなかったといいます。むしろ、事件直前まで平穏な空気が流れていたのでしょう。里菜はふらりと台所に立つと、何かに取り憑かれたように包丁を手に取りました。そして次の瞬間、ベッドで無防備に横たわる佐藤さんの腹部めがけて、その刃を突き立てたのです

鋭い痛みと共に大量の血が噴き出しました。突然の襲撃に佐藤さんは悲鳴をあげ、反射的にお腹を押さえてベッドから転げ落ちます。必死に立ち上がり、里菜から逃れようと玄関へと走りました。血で足元がふらつき、視界が滲みます。それでも「殺される…!」一心でドアを開け、外の駐車場まで転がり出ました。その場に座り込んでしまった彼は、震える手でポケットからスマホを取り出します。110番…早く…! 指先は血に塗れ、思うように動きません。それでも何とかダイヤルし、佐藤さんは絞り出すような声で「助けてください、元カノに刺されたんです…」と警察に助けを求めました。

通報を受けてパトカーと救急車のサイレンが町中に鳴り響きます。駆け付けた警官が「大丈夫か!」と声をかけると、佐藤さんはうめきながらも「犯人は…中に、います…」と部屋の方向を指さしました。その指先は血で真っ赤に染まっていました。警官が部屋に踏み込むと、室内には里菜が呆然と座り込み、震える手でまだ血の滴る包丁を握りしめていました。警官は里菜をすぐさま取り押さえ、殺人未遂の現行犯で逮捕します。「なんで…なんでこんなことに…」里菜は顔面蒼白でつぶやくばかりでした。

一方、佐藤さんは救急隊によって急いで担架に乗せられました。意識は朦朧としつつも、彼は最後の力を振り絞って職場の社長に電話をかけようとしていたといいます。搬送中の救急車の中で彼のスマホ履歴には会社への発信記録が残っていました。社長は咄嗟のことで電話に出られず、代わりにそばにいた娘さんが応答しました。弱々しい佐藤さんの声に彼女が「社長、大変!優作さんがすごく苦しそう…!」と父親に取り次ぎ、社長も慌ててかけ直しましたが、その頃にはもう佐藤さんは電話に出られない状態になっていたそうです。搬送先の病院で懸命の治療が続けられましたが、傷はあまりに深く、午後11時前、ついに佐藤優作さんの死亡が確認されました。

容疑者の供述

逮捕直後、桜庭里菜は取り調べに対し「逃げたい一心で刺したんです」と震える声で繰り返しました。自分は佐藤さんから日常的に暴力を受け、命の危険を感じていた──だから怖くなって刺してしまったのだと主張したのです。この供述が報じられるや世間は騒然。「DVから逃れるための正当防衛では?」という同情がネット上で広がります。

翻弄される世論と真実の露見

しかし間もなく、佐藤さんの地元・青森の友人たちがSNSで真実を発信しました。「優作は誰かを傷つけるような男じゃない。DVなどしていない」。彼らは桜庭里菜の本名を公開し、佐藤さんへの誹謗中傷を止めるよう訴えました。さらに佐藤さんが受けていた嫌がらせの実態も明らかになります。これにより世論は一転、佐藤さんに同情が集まり、里菜への批判が強まりました。

「消してほしかった“ある動画”」

桜庭里菜が感じていた最大の恐怖は、交際中に撮影された性的動画が流出することでした。何度頼んでも佐藤さんが削除に応じず、「ネットにばら撒かれるかもしれない」という妄想に追い詰められた結果、衝動的に刺してしまったとされています。しかし裁判では、動画が実際に流出していた証拠はなく、里菜の誤解や被害妄想による可能性が高いとされました。

裁判の行方と判決

2022年12月、東京地裁の裁判員裁判で桜庭里菜は懲役9年の判決を受けました。検察は懲役13年を求刑したものの、突発的犯行で計画性がない点や里菜が心身ともに未熟だった点が考慮されました。一方、動画を削除しなかった佐藤さんの行為が里菜に恐怖を与えたとして、一部情状も認定されました。

社会への教訓

この事件が示したのは、SNSでの誤情報拡散の危険性、若い恋人同士の共依存、リベンジポルノの恐怖、そして若年層の精神的孤立です。誰もが被害者にも加害者にもなり得る現代社会で、私たちは何を学ぶべきか──深い問いが突きつけられています。

2025年現在:残された想い

事件から3年以上が経過した今も、桜庭里菜は服役中。佐藤さんの家族・友人は彼の名誉を守る活動を続けています。私たちはこの悲劇を忘れず、二度と同じ過ちを繰り返さないよう心に刻む必要があります。

佐藤優作さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。加害者が罪と向き合い、再び悲劇が起こらぬ社会となるよう願ってやみません。

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