高知白バイ事件(2006年)|スクールバス運転手は本当に有罪か?冤罪疑惑を追う

政治・公人関連事件

事件の概要

2006年3月3日午後、高知県吾川郡春野町の国道で、スクールバスと県警交通機動隊の白バイ(白色の警察用二輪車)が衝突する事故が発生しました。スクールバスは道路沿いのレストラン駐車場から右折して本線に出ようとしており、その右前角に右方向から直進してきた白バイが激突したのです。衝撃で白バイ隊員(当時26歳)は路上に投げ出され、約1時間後に死亡しました。スクールバスには地元仁淀川町の中学校の生徒と教員あわせて25名が乗車していました。バス運転手の片岡晴彦さん(当時52歳)は事故直後に現行犯逮捕され、隊員の死亡に伴い容疑が業務上過失致死に切り替えられました。片岡さんは一貫して「バスは安全確認のため停止していた」と無実を主張しましたが、警察・検察はバス側に過失があったと判断し、後述のように刑事裁判で有罪となりました。

事故後の主な経緯(タイムライン):

  • 2006年3月3日 – 事故発生。当日、バス運転手が業務上過失致死容疑で逮捕される。
  • 2006年12月6日 – 高知地検がバス運転手を業務上過失致死罪で起訴。
  • 2007年6月7日 – 高知地方裁判所(片多康裁判官)で第一審判決。求刑禁錮1年8か月に対し、禁錮1年4か月の実刑判決が言い渡される(執行猶予なしの収監刑)。判決理由では「バスの安全確認不十分による事故」と認定されました。弁護側は直ちに控訴します。
  • 2007年10月30日 – 高松高等裁判所(柴田秀樹裁判長)で控訴審判決。控訴棄却により有罪判決が支持されます。弁護側は上告。
  • 2008年8月20日 – 最高裁第二小法廷(津野修裁判長)が上告棄却を決定し、禁錮1年4か月の有罪判決が確定。片岡さんは刑務所に収監され、約1年4か月の服役を経て2010年2月に出所しました。
  • 2008年5月 – 被害者遺族(白バイ隊員の遺族)が起こしていた損害賠償請求の民事訴訟は、高知地裁の勧告を受け約1億円の支払いで和解が成立し終結しました。なお片岡さん側は無過失を主張し遺族への訴えは取り下げられています。
  • 2010年10月 – 片岡さんが高知地裁に再審請求(裁判のやり直し)を申し立てました。また日本弁護士連合会の人権擁護委員会にも人権救済を申立て、日弁連はこの事件を受理しています。
  • 2014年12月16日 – 高知地裁(武田義徳裁判長)、再審請求を棄却。片岡さん側は即時抗告。
  • 2016年10月18日 – 高松高裁、即時抗告を棄却。片岡さん側は最高裁へ特別抗告。
  • 2018年5月7日 – 最高裁第三小法廷も特別抗告を棄却し、再審開始は認められませんでした。これで片岡さんの再審請求は司法上は一旦行き詰まりました(※2018年6月以降、片岡さんらは二度目の再審請求に向けた準備を進めています)。

冤罪疑惑と主な争点

片岡さんは事故当初から無罪を訴え続けましたが、警察・検察の主張する事故状況と彼の主張とのあいだには大きな食い違いがありました。物的証拠や目撃証言の不自然さから、この事件は冤罪(無実の罪)ではないかとの指摘が根強くあります。以下、主な争点と疑問点を整理します。

  • バスは停止していたのか?目撃証言の食い違い: バスに同乗していた生徒たち約20名や後続車に乗っていた校長ら多数の目撃者は「衝突の瞬間、バスは停止していた」と証言しました。急ブレーキによる衝撃を感じた乗客もおらず、バスが動いていた形跡はないと証言しています。一方、警察側は「バスは動いていた」とする白バイ隊員(事故当時たまたま付近を走行していた同僚隊員)の証言を重視しました。この同僚隊員・市川幸男巡査長は「自分は対向車線の遠方から事故の一部始終を目撃した」として、「白バイは約時速60km、バスは約時速10kmで進行して衝突した」と法廷で証言し、それが片岡さん有罪認定の決め手となっています。しかし偶然にも同僚警官が現場を目撃していたという状況自体、不自然ではないかとの指摘があります。実際、事故からわずか数十秒で現場に同僚白バイ隊員が駆けつけており、当時現場付近で複数の白バイが訓練走行または集団走行をしていた可能性も取り沙汰されています(公道での訓練走行は公には否定されていますが、事故2週間前に警察庁が白バイの追跡訓練を指示していたとの情報もあります)。
  • 謎のブレーキ痕(物的証拠): 衝突現場に残されたブレーキ痕(スリップ痕)の証拠能力が大きな争点です。警察は、道路に残った長さ1メートル超のスリップ痕を「バス前輪が急ブレーキを踏んだ跡」として、バスが動いていた物証と位置付けました。しかしそのブレーキ痕にはタイヤの溝模様が写っておらず、科学的に見て本当にバスの急停車でできた痕なのか強い疑問があります。片岡さん側はほぼ同型バスで急ブレーキをかける実験検証を行いましたが、前輪タイヤにはスリップ痕が付かないことが判明しています。通常、重量のあるバスが急停止すれば後輪に痕が残る場合はあっても、前輪に「ハの字型」の痕跡が残るのはあり得ないといいます。さらに、仮にバスが完全停止していたならブレーキ痕自体つかないはずであり、いずれにせよ現場の痕跡は不自然です。弁護側は「事故直後とされる写真に写るスリップ痕は、警察が後から飲料水を撒いて人工的に作り出した可能性がある」と主張しました。実際、事故直後に片岡さん本人へ現場でスリップ痕の有無を確認する指差し確認は行われていませんでした。驚くべきことに、ブレーキ痕の写真が初めて提示されたのは事故から8か月も経ってからだったのです。片岡さん側は「現場検証の段階でブレーキ痕など存在せず、だからその場で見せられなかったのではないか」と疑っています。このブレーキ痕を巡っては証拠捏造(ねつ造)ではないかとの疑惑が最も強く、片岡さんは後述のように刑事告訴も行いました。
  • 警察の事故捜査・現場検証への疑問: この事故では現場検証の手続にも不透明な点が指摘されています。通常、交通事故の実況見分(現場検証)は当事者立会いのもとで現場保存して行われますが、本件では片岡さんは逮捕直後に警察署へ連行され、事故当事者不在のまま警察側だけで現場検証が進められました。片岡さんが約1時間後に現場へ戻された時には、バスも白バイもすでに撤去されており、彼はパトカーから降ろされることもなく指示通りに車の停止位置を指させられただけだったといいます。これは本来の捜査規範に反する対応であり、「事故状況を警察が一方的に作り上げたのではないか」との不信を招いています。現場では事故直後、約50人もの警官と20台近い白バイが集結し騒然となったとされ、当初から県警上層部が指揮を執っていたことも異例でした(通常は所轄の土佐署が対応するはずが、本件では県警本部長や交通部長まで出張って指揮を執ったとされています)。こうした経緯から、警察が「身内」である白バイ隊員の違法走行や過失を隠蔽するため組織ぐるみで事故状況を改変したのではないか――との疑念が払拭できない状況です。片岡さんは2008年に「証拠偽造罪」で警察関係者を刑事告訴しましたが、捜査当局は「嫌疑なし」として不起訴処分としました。しかしその後、高知検察審査会は「不起訴不当」(起訴相当)との議決を出しています(※最終的に再度不起訴とされ、公訴は行われていません)。さらに2013年には、この事件の真相をただそうとする市民に対し、県警上層部が不自然な弾圧を行った疑いも報じられました。警察内部から「自分を処分するなら事故の全貌をバラす」といった内部告発の手紙が寄せられているともされ、県警の証拠ねつ造・隠蔽工作を示唆する情報も出ています。地元警察はこれらを全面否定していますが、客観証拠や捜査手法への不信は拭えず、市民の間でも真相究明を求める声が上がりました。
  • 裁判の判断と再審請求: 裁判では検察側主張がほぼ全面的に認められ、片岡さんは有罪・実刑となりました。一審・控訴審の裁判官は「事故直後の写真にブレーキ痕が残っており、多くの見物人や報道陣がいる中で警察が証拠を捏造することはあり得ない」「警察官が嘘をつくはずがない」として、警察発表の客観証拠こそ信用できるとの判断を示しました。乗客たちの「バスは停止していた」とする証言については、「物的証拠による認定と食い違うため信用性に乏しい」と退けられました。裁判所はまた、片岡さんが事故について争っていること自体を「真摯な反省がない」と見なし、量刑上不利に評価する一幕もありました。こうして確定した判決に対し、片岡さんは服役後も冤罪を訴えて再審を求め続けています。支援者や弁護士らによる再審請求は2014年に一度棄却され、高松高裁・最高裁も再審開始を認めませんでした。しかし再審支援の市民集会が開かれたり、日弁連も人権救済申立てを受理したりするなど、法的救済を諦めず動きが続けられています。片岡さん自身、「証言した白バイ隊員は偽証だ」として告訴も行いましたが(受理されず)、現在もなお冤罪を主張し真実の解明を求めています。2025年時点で再審開始は実現していないものの、片岡さんは第二次再審請求を視野に活動を継続中です。

メディア報道と世間の反応

この事件は当初、地元高知では大きく報道されませんでしたが、後に他県のテレビ局や雑誌、インターネット上で疑惑がクローズアップされました。香川・岡山のローカル局であるKSB瀬戸内海放送の記者が「これは放っておけない」と取材を始め、継続的に検証報道を行っています。その内容がテレビ朝日系列の全国ネット番組でも特集され、交通事故鑑定の専門家による実地検証などが再三放送されました。一方、高知県内の主要メディア(地元紙・テレビ)はこの事件をほとんど報じず、むしろ県外や全国の方が事件を知る人が多いという状況さえ指摘されています。ジャーナリストの田中龍作氏は「冤罪の疑いが濃いにもかかわらず、大手マスコミの記者たちは事実を追及しようとしない」と批判しています。

しかし事件の不自然さに気づいた市民や有志は、ネット上のブログや掲示板で現場写真や証拠を分析し議論を重ねてきました。実際、事故処理と裁判の経緯については「ブログや雑誌やテレビ報道によって全国で『合理的な疑い』が湧き起こり、ありのままの事件の真相究明が要請されている」とも報じられています。例えばネット上では、公開された事故現場写真のブレーキ痕を拡大検証し「タイヤの溝が写っていない」「水を撒いたような形状だ」等の指摘がなされ、警察発表への疑問が投げかけられました。また、元警察官や技術者が独自に事故を再現シミュレーションして解析結果を公表するなど、様々な検証が行われています。こうした市民の検証結果や疑惑追及は一部ジャーナリストにも共有され、先述のテレビ報道や週刊誌記事で取り上げられることでさらに拡散しました。

このように、高知白バイ事件は一見単純な交通事故に見えながら、その裏で警察組織による証拠ねつ造や隠蔽の疑惑が指摘された異例のケースとなっています。片岡さんは刑期を終えた現在も「なぜ自分が収監されねばならなかったのか」と訴え続けており、再審開始と名誉回復を求める声は根強く残っています。事件発生から長い年月が経過しましたが、真実解明と司法の再検証を求める世論は今も消えていません。高知白バイ事件は、交通事故捜査の公正さ冤罪防止の課題について深い教訓を投げかける出来事となっています。

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