宮城・柴田町「霊媒師JUN」事件|その全貌と背景にある心理的支配

凶悪事件

「霊媒師JUN」事件の概要

事件の発生と初期報道

2023年4月、宮城県柴田町の住宅で、当時54歳の会社員、村上隆一氏が刺身包丁で刺され、死亡しているのが発見されるという衝撃的な事件が発生しました。隆一氏の遺体は作業着姿で、右腹部と右膝に刺し傷があり、仰向けに倒れていました。死因は右腰を刺されたことによる失血死と特定されています。

この事件が特に注目を集めたのは、被害者の村上隆一氏が、事件のわずか1ヶ月前に自宅が全焼したために、この住宅に引っ越してきたばかりであったという背景です。さらに、初期の報道や地元関係者の証言からは、隆一氏の次男である直哉氏が、この火災にも関与していたのではないかという疑惑が浮上していました。この一連の出来事は、単発的な殺人事件ではなく、以前から続く不審な事象や、家族内に深く根差した機能不全が最終的に極端な暴力へと発展した可能性を示唆しています。過去の事件が十分に解明されず、対処されなかったことが、今回の悲劇的な結末を招いた一因であった可能性も考えられます。

事件発生後、凶器となった包丁が焼却され、土中に埋められていたという事実が明らかになりました。この証拠隠滅の試みは、犯行が突発的な感情によるものではなく、事前に計画された、冷徹な犯行であったことを強く示唆します。証拠隠滅のための周到な準備は、実行犯と首謀者の間での連携があったことを物語り、中心人物による緻密な計画性を示しています。このことから、事件発生当初から犯人側が逮捕を免れるために、証拠を隠蔽しようと画策していたことが分かります。

主要登場人物の紹介

本事件は、被害者、加害者、そして共犯者が血縁関係にあるという特異な構造を有しています。事件の理解を深めるため、主要な登場人物とその関係性を以下に示します。

被害者:村上隆一氏

事件当時54歳。村上直哉被告と村上保彰氏(村上敦子被告の夫)の実父です。

主犯格(有罪判決):村上敦子被告

事件当時48歳。被害者・隆一氏の長男である村上保彰氏の妻であり、直哉被告の義理の姉にあたります。裁判所は、彼女が架空の「霊媒師JUN」になりすまし、事件を主導したと認定しました。懲役28年の判決が下されています。

直接の実行犯(有罪判決):村上直哉被告

事件当時26歳。隆一氏の次男であり、敦子被告の義理の弟です。彼は「霊媒師JUN」によるマインドコントロールを受け、実父である隆一氏を殺害したと認定されました。懲役20年の判決が下されています。

その他の主要関係者:

村上保彰氏: 隆一氏の長男で、直哉被告の実兄。敦子被告の夫であり、美人局詐欺事件で有罪判決を受けています。

Aさん: 隆一氏の元妻で、直哉被告と保彰氏の実母。敦子被告によって操られ、売春を強要されていたと報じられています。

市瀬恵美被告: 敦子被告の実姉。美人局詐欺事件で有罪判決を受けています。敦子被告への借金のために犯行に加担したと供述しています。

松野新太・みき子夫妻: 敦子被告の知人夫婦。美人局詐欺および殺人事件の証拠隠滅に関与し、有罪判決を受けています。特に、凶器の包丁を焼却し埋めたのは彼らであるとされています。彼らは敦子被告からの経済的支援を受けていたため、指示に従ったと供述しています。

この事件の最も際立った側面は、被害者と加害者、そして共犯者のほとんどが近親者で構成されていた点です。これは一般的な犯罪組織とは異なり、家族という本来、安全と信頼の基盤となるべき関係性が、犯罪行為のために組織的に歪められ、悪用されたことを示しています。このような閉鎖的な家族構造は、外部からの介入や発見を極めて困難にし、犯罪行為が長期にわたり進行することを許してしまいました。

村上敦子被告は、この犯罪ネットワークの「頂点」に君臨し、その「首謀者」として機能していたことが複数の情報源から一貫して指摘されています。彼女が夫や実姉、さらには経済的に依存する知人夫婦を犯罪に巻き込み、さらに義理の弟である直哉被告を心理的に支配した事実は、彼女が単なる犯罪者ではなく、他者の心理を巧みに操り、あらゆる依存関係を悪用して絶対的な支配力を確立する能力を持っていたことを示唆しています。彼女が犯罪組織と殺人事件の両方を指揮したことは、その影響力の広範さと危険性を明確に物語っています。

表1:主要関係者相関図

氏名関係性(被害者・加害者・共犯者)詳細
村上隆一被害者村上直哉、村上保彰の実父。Aさんの元夫。
村上敦子主犯格(有罪判決)村上保彰の妻。村上直哉の義理の姉。架空の「霊媒師JUN」になりすまし、犯罪グループの首謀者。
村上直哉直接の実行犯(有罪判決)村上隆一、Aさんの次男。村上敦子の義理の弟であり、肉体関係にあった。
村上保彰共犯者(詐欺で有罪判決)村上隆一、Aさんの長男。村上直哉の実兄。村上敦子の夫。
Aさん被害者(売春強要)村上隆一の元妻。村上直哉、村上保彰の実母。村上敦子に売春を強要された。
市瀬恵美共犯者(詐欺で有罪判決)村上敦子の実姉。
松野新太・みき子夫妻共犯者(詐欺、証拠隠滅で有罪判決)村上敦子の知人。凶器の包丁を焼却・埋めるなど証拠隠滅に関与。

事件の核心:「霊媒師JUN」によるマインドコントロール

「霊媒師JUN」の正体と成りすましの手口

本事件の中心には、「霊媒師JUN」という架空の存在による巧妙なマインドコントロールがありました。裁判所の判決では、「霊媒師JUN」が架空のLINEアカウントであり、村上敦子被告がこれになりすましていたことが明確に認定されています。検察側は、この「霊媒師JUN」アカウントが使用したIPアドレスが敦子被告の携帯電話のものであったことを決定的な証拠として提示しました。

敦子被告が「霊媒師JUN」として、物理的に自身のそばにいる直哉被告に対してもLINEでメッセージを送っていたという事実は、現代の心理的支配がいかにデジタルプラットフォームを悪用して行われるかを示す重要な点です。このデジタル上の分身は、直哉被告の心理において、現実の敦子被告とは別の、より権威的で超自然的な存在として認識されることを可能にしました。このような巧妙なデジタル上の偽装は、被害者が現実と虚構の区別を失い、操作された世界観に深く没入することを促進します。これは、テクノロジーがいかに複雑で没入的な欺瞞を構築するために利用され得るかを示しており、被害者にとっては疑いを持つことが極めて困難な状況を作り出します。

直哉被告が逮捕後も、そして裁判の過程においても、「JUNは敦子被告ではない」と一貫して主張し続けたことは、敦子被告によるマインドコントロールがいかに深く、効果的であったかを物語っています。この心理的な幻想を打ち破るためには、IPアドレスの特定というような、客観的かつ技術的な証拠が必要でした。これは、高度な心理的支配が関わる事件において、被害者自身の証言が歪められている可能性があり、その真実を解明するために外部からの確固たる証拠がいかに重要であるかを浮き彫りにします。また、このような状況は、被害者が外部の介入や確固たる証拠なしに、自力で洗脳状態から脱却することの困難さを示しています。

次男・村上直哉被告への心理的支配の過程

村上敦子被告は、直哉被告を「霊媒師JUN」として巧みに操り、心理的に支配していきました。この支配関係の形成において、特に注目すべきは、直哉被告と義理の姉である敦子被告との間に肉体関係があったという事実です。この関係は直哉被告が高校生の頃、あるいは卒業直後から始まっていたとされています。

敦子被告の直哉被告への支配は、彼の既存の脆弱性を悪用したものでした。直哉被告にはネグレクトの過去があるなど、困難な生い立ちが指摘されており、敦子被告は彼の境遇に同情を示すことで、まず彼の信頼を得ていったとされます。このような背景を持つ個人は、愛情や承認を強く求める傾向があり、そこにつけ込む形で、敦子被告は直哉被告の人生と金銭を完全に掌握し、彼を自身に依存させていきました。彼女は直哉被告の感情を巧みに操り、不安や恐怖を煽ることで、彼の冷静な判断力を奪っていったのです。

この心理的支配の過程は、単なる操作を超え、捕食的な関係性へと発展しました。敦子被告は、直哉被告の満たされない感情的ニーズを特定し、自身を彼の唯一の支え、そして絶対的な存在として位置づけました。これにより、直哉被告は極度の依存状態に陥り、敦子被告の指示を盲信するようになりました。これは、操作者がいかに心理的な空白を悪用し、自らを不可欠な存在に変えることで、対象者に絶対的な支配力を及ぼすかを示す典型的な事例です。

裁判では、直哉被告の弁護側が、犯行当時の彼の精神状態が心神耗弱であったと主張し、責任能力の有無が主要な争点となりました。しかし、精神鑑定の結果、直哉被告には精神的な異常は認められず、刑事責任能力があると判断されました。この判断は、マインドコントロール下にあったとしても、個人の行動に対する法的責任が問われるという、複雑な法的・倫理的課題を浮き彫りにします。極度の心理的影響下にあったとしても、行為者の選択能力が完全に失われたとは見なされないという司法の姿勢が示された形です。

殺害指示の内容と動機付け

「霊媒師JUN」から直哉被告への殺害指示は、「隆一氏が敦子被告に呪いをかけており、隆一氏を殺害しなければ敦子被告が死んでしまう」というものでした。この呪いの解除という虚偽の目的は、直哉被告を殺害へと駆り立てる強力な心理的動機付けとして機能しました。直哉被告は、この「霊媒師JUN」の予言を真に受け、父親を殺害することが唯一の呪いを解く方法であると信じ込んでいたとされます。

しかし、この「呪い」の物語は、より現実的で、かつ冷徹な犯罪目的を隠蔽するための道具に過ぎませんでした。殺人事件の真の動機は二重に存在していました。一つは、被害者である村上隆一氏の退職金という金銭的利益の獲得です。そしてもう一つ、より重要な動機は、敦子被告が主導する大規模な売春・美人局詐欺グループの存在が明るみに出るのを阻止することでした。

この事実は、精神的な操作が、具体的な犯罪的目標を達成するための手段として、いかに冷徹に利用されたかを示しています。超自然的な「呪い」という虚偽の予言は、金銭的利益の追求と、既に進行していた大規模な違法行為の露呈を回避するための、極めて計算された戦略でした。これは、カルト集団がしばしば精神的な権威を利用して信者から金銭を搾取したり、違法行為を強要したりする手口と共通するパターンです。

直哉被告は、自身が「JUN」の「助言」に従い、最終的な殺害の「決断」は自分で行ったと後に供述しています。この供述は、マインドコントロール下にある個人の複雑な心理状態を反映しています。たとえその行動が外部からの強烈な操作によって引き起こされたものであったとしても、被害者自身が何らかの形で自身の行為に主体性を見出そうとする心理が働くことがあります。この矛盾する感覚は、マインドコントロールがいかに個人の自由意志の認識を歪めるかを示しており、被害者の内面を完全に理解することの困難さを強調しています。

背景にある複雑な人間関係と犯罪組織

村上敦子被告を頂点とする売春・美人局詐欺グループの実態

村上敦子被告は、単なる殺人事件の首謀者にとどまらず、その背後には彼女を頂点とする組織的な売春・美人局(つつもたせ)詐欺グループが存在していました。このグループは、被害者の隆一氏の元妻であり直哉被告の実母であるAさん、直哉被告、敦子被告の夫である保彰氏、敦子被告の実姉である市瀬恵美被告、そして松野夫妻といった、家族やその近しい関係者で構成されていました。

敦子被告の支配は、まずAさんとのパチスロを通じた親密な関係から始まり、次第に金銭の要求と恐喝、そして売春の強要へとエスカレートしていきました。売上が落ちるとAさんには制裁が加えられたと報じられています。さらに、直哉被告や市瀬恵美被告も、このグループの活動の一環として売春に関与させられていました。

美人局詐欺のスキームは巧妙に構築されていました。出会い系サイトを通じて男性を誘い出し、売春行為などを通じて弱みを握り、示談金名目で金銭を脅し取るという手口が常習的に行われていました。グループ内では明確な役割分担がなされており、松野みき子被告が最初の接触役、夫の新太被告が被害者への詰め寄り役、市瀬恵美被告が新太被告を引き離す役、そして敦子被告と保彰氏が示談金を要求し、直哉被告がその様子を撮影するという連携プレイが行われていました。検察側は、この詐欺行為を「計画的かつ巧妙な犯行で、繰り返し行うなど常習的」と指摘しており、その組織性と継続性が明らかになっています。

この事件は、敦子被告が個別の脅迫や搾取から、複数の家族構成員を巻き込んだ組織的な犯罪へとその行動を拡大させていった過程を示しています。彼女が複雑な詐欺計画を立案し、家族に具体的な役割を割り当てて実行させた能力は、彼女の高度な犯罪的知性と、深く根付いた捕食的な心理を浮き彫りにします。このことから、殺人事件が、彼女の重要な違法な収入源を守るための、やむにやまれぬ手段であったことが推察されます。

さらに、夫や姉、義理の弟、さらには夫の実母までが売春や恐喝に加担していた事実は、この家族単位内で倫理的・道徳的な境界線が著しく崩壊していたことを意味します。一部のメンバーが借金や恐怖から強制的に従ったと供述していることからも、敦子被告が作り出した環境が、いかに強制的で搾取的なものであったかが伺えます。これは、家族が最も操作的なメンバーによって囚われの身となり、違法行為が常態化し、被害者と加害者、共犯者の境界が曖昧になるという、極めて異様な状況を描き出しています。

金銭的利益と証拠隠滅の動機

村上隆一氏殺害の根本的な動機は、金銭的利益、具体的には隆一氏の退職金を得ることにありました。しかし、それ以上に重要な動機は、敦子被告が主導する売春・美人局詐欺グループの存在が露呈するのを阻止することでした。この事実は、殺人事件が単なる金銭欲による犯行ではなく、より広範な犯罪組織を守るための、計算され尽くした絶望的な行動であったことを示唆しています。

このグループの違法行為が発覚した場合の法的影響が非常に大きかったため、殺人という極端な手段に訴える必要があったと考えられます。これは、敦子被告が自身の違法な事業を守り、継続させるために、人命を犠牲にすることも厭わないという、冷酷かつ現実的な決断を下したことを示しています。

証拠隠滅の試みも、この動機と密接に関連しています。敦子被告の知人である松野夫妻は、凶器の包丁を焼却して土に埋めるという重要な証拠隠滅行為を行いました。彼らは、敦子被告から経済的支援を受けていたため、その指示に従ったと供述しています。この事実は、敦子被告が家族以外の人物に対しても広範な操作力を持ち、金銭的なレバレッジを利用して、より深刻な犯罪行為への共謀を深めていったことを示しています。これは、経済的依存が、いかに個人を犯罪の深みへと引きずり込み、搾取と共謀の悪循環を生み出すかを示すものです。

家族内の歪んだ関係性

村上家における人間関係は、敦子被告によって著しく歪められ、支配されていました。敦子被告は、夫である保彰氏だけでなく、直哉被告をも操っていました。特に衝撃的なのは、義理の姉弟である敦子被告と直哉被告の間に肉体関係があったという事実です。この関係は、従来の家族の境界線を著しく逸脱しており、敦子被告が親密な関係性を操作と服従の道具として利用したことを示しています。

敦子被告は、一家全員の生活費を掌握し、家族を自身に依存させることで、「歪んだ人間関係」を構築していきました。彼女は隆一氏の元妻であるAさんから金銭を恐喝し、売春を強要しました。直哉被告のネグレクトという過去の生い立ちも、彼がこのような操作に対し特に脆弱であったことを示唆しています。

敦子被告が「一家全員の生活費を握り、息子二人(直哉と保彰)を懐柔して自身に依存させていた」という事実は、この家族が小規模なカルト集団のような構造を呈していたことを示唆しています。個人の自律性は組織的に奪われ、敦子被告が唯一の権威、資源、そしてアイデンティティの源となっていました。このような環境下では、敦子被告への忠誠心が、他のいかなる家族的、道徳的、あるいは社会的規範よりも優先されるようになります。

家族という閉鎖的な単位内で進行する虐待や操作は、外部からは見えにくいという特性を持っています。この事件は、そのような内部の病理が放置されることで、いかに悲劇的な結果、最終的には殺人へとエスカレートし得るかを鮮明に示しています。家族のプライバシーと、脆弱な個人を隠れた形の強制や虐待から保護することのバランスは、社会にとっての重要な課題であり、この事件は、その課題に対する認識を高め、よりアクセスしやすい支援メカニズムの必要性を訴えかけています。

裁判の経緯と判決

検察側と弁護側の主張の対立点

本事件の裁判では、検察側と弁護側の間で複数の主要な争点が浮上しました。

検察側の主張は一貫して、「霊媒師JUN」は村上敦子被告がなりすました架空の存在であり、彼女が直哉被告をマインドコントロールして殺害を指示した首謀者であるというものでした。検察は、その決定的な証拠として、「霊媒師JUN」が使用したLINEアカウントのIPアドレスが敦子被告の携帯電話のものであったことを提示しました。

一方、弁護側の主張は複雑でした。直接の実行犯である直哉被告は、裁判中も「JUNは敦子被告ではない」と共謀を否定し続けました。彼は、敦子被告と一緒にいる時でさえ「JUN」からのLINEメッセージを受け取ったと主張し、この点をもって「JUN」が別人であることを示そうとしました。また、直哉被告は「JUN」はあくまで「助言」を与えただけであり、殺害の「決断」は自分で行ったと供述しました。直哉被告の弁護側は、彼の過酷な生い立ちや呪いを信じる特異な考え方を挙げ、犯行当時は心神耗弱状態にあったと主張しました。敦子被告自身も、殺人への関与そのものを強く否定し、弁護側は共謀の事実を否定し、「JUN」のアカウントを彼女が削除した決定的な証拠はないと主張しました。

この裁判の核心的な対立点は、心理的強制の存在と、それが刑事責任に与える影響でした。法廷では、直接的な暴力の証拠が乏しい中で、心理的支配の有無とその程度を立証・反証することの難しさが浮き彫りになりました。検察側がIPアドレスという科学的・技術的な証拠に依拠したことは、このような複雑な欺瞞を法的に解体するために、客観的で検証可能な証拠がいかに不可欠であるかを示しています。

直哉被告が、マインドコントロール下にあったにもかかわらず、自らを「加害者」と認識し、最終的な「決断」は自分が行ったと主張したことは、被害者と加害者の境界線が曖昧になる、心理的支配の特異な性質を反映しています。この矛盾は、極度の心理的影響下にある個人の内面を法的に評価する際の困難さを示し、自由意志と犯罪意図に関する従来の概念を再考させる契機となります。

共謀の有無と責任能力の争点

裁判におけるもう一つの主要な争点は、村上敦子被告と村上直哉被告の間に殺人における共謀があったか否か、そして直哉被告の犯行当時の責任能力(心神耗弱)の有無でした。

直哉被告の弁護側は、彼の心神耗弱状態を強く主張しましたが、精神鑑定の結果は、彼に重大な精神異常はなく、刑事責任能力があることを認めました。この司法判断は、重篤な犯罪において、心理的防御の主張に対して法制度がいかに慎重な姿勢を取るかを示しています。法廷は、たとえ相当な心理的影響下にあったとしても、犯罪行為を実行した個人が完全に責任を免れることはないと判断したのです。これは、心理的影響の複雑さと、刑事責任の割り当ての必要性との間で、司法がバランスを取ろうとする姿勢を反映しています。

仙台地方裁判所の判決と認定

2023年11月25日、仙台地方裁判所は本事件の判決を言い渡しました。

村上敦子被告には懲役28年の判決が下されました。

村上直哉被告には懲役20年の判決が下されました。

裁判所は、村上敦子被告が「霊媒師JUN」になりすまし、直哉被告を操って父親を殺害させたことを明確に認定しました。判決文では、敦子被告が「事件の首謀者として霊能力者になりすまし、言葉巧みに殺害に誘導して、自らの手を汚さないように実行した」と厳しく指摘されました。この判決は、直接的な暴力を伴わない心理的支配が、重大な犯罪の主要な原因となり得ることを司法が明確に認めた画期的なものであり、間接的な犯罪行為の首謀者に対する司法の厳格な姿勢を示しています。

また、裁判所は殺人の動機として、隆一氏の退職金という金銭的利益の獲得と、敦子被告が率いる売春・美人局詐欺グループの露呈阻止という二つの側面を認定しました。この認定は、殺人事件が単独の犯行ではなく、より広範で継続的な犯罪組織の維持・保護のための戦略的な行動であったという検察側の主張を裏付けるものでした。

なお、殺人事件の証拠隠滅に関与した松野夫妻には、別途執行猶予付きの有罪判決が言い渡されています。

控訴の状況

仙台地方裁判所の判決に対し、村上敦子被告と村上直哉被告の両名が控訴しています。この控訴は、マインドコントロールの程度、責任の所在、そして犯罪意図の解釈といった複雑な法的議論が、今後も高等裁判所で継続されることを示唆しています。上級審での審理は、このような特異な事件における心理的影響と刑事責任のバランスについて、さらなる法的先例や明確化をもたらす可能性があります。

表2:事件の時系列

日付出来事関連情報
2022年12月美人局詐欺事件の発覚敦子被告が主導する詐欺グループが活動していた時期。
2023年4月17日村上隆一さん殺害事件発生宮城県柴田町の自宅で隆一氏が刺殺体で発見される。
2023年8月殺人容疑で親族逮捕隆一氏の親族らが殺人容疑で逮捕される。
2023年11月5日殺人事件の裁判員裁判初公判仙台地裁で初公判が開かれる。
2023年11月13日直哉被告の被告人質問直哉被告が「JUNは敦子ではない」と共謀を否認。
2023年11月25日殺人事件の判決言い渡し敦子被告に懲役28年、直哉被告に懲役20年の判決。
2023年12月8日美人局詐欺事件の初公判殺人事件の捜査で発覚した詐欺事件の公判が始まる。
2023年12月25日美人局詐欺事件の判決言い渡し保彰被告と市瀬恵美被告に有罪判決。
2024年1月17日証拠隠滅罪の判決言い渡し松野新太・みき子夫妻に執行猶予付き有罪判決。
現在控訴の状況村上敦子被告、村上直哉被告が判決を不服として控訴中。

結論

宮城・柴田町で発生した「霊媒師JUN」事件は、単なる殺人事件に留まらず、高度な心理的支配、家族内の歪んだ関係性、そして組織的な犯罪活動が複雑に絡み合った、極めて特異な事件としてその全貌が明らかになりました。

事件の核心は、村上敦子被告が「霊媒師JUN」という架空の存在になりすまし、義理の弟である村上直哉被告をマインドコントロールして、実父である村上隆一氏を殺害させたという点にあります。敦子被告は、直哉被告のネグレクトという過去の脆弱性につけ込み、肉体関係を含む親密な関係を築くことで、彼を精神的・経済的に完全に依存させました。デジタルプラットフォームであるLINEを介した「霊媒師JUN」の存在は、直哉被告の心理に深い解離状態を生み出し、現実の敦子被告とは異なる、絶対的な存在として認識されるに至りました。

殺人の動機は、隆一氏の退職金獲得という金銭的利益と、敦子被告を頂点とする売春・美人局詐欺グループの活動が露呈するのを阻止するという、二重の目的によって駆動されていました。このことは、殺人行為が、より大規模な違法事業を保護するための、冷徹な戦略的判断であったことを示唆しています。敦子被告は、家族や経済的に依存する知人をも巻き込み、明確な役割分担のもとで詐欺を常習的に行い、その犯罪組織を維持するために人命を奪うことも辞さない姿勢を示しました。

裁判では、敦子被告によるマインドコントロールの有無、直哉被告の責任能力、そして共謀の有無が主要な争点となりました。仙台地方裁判所は、IPアドレスの特定などの客観的証拠に基づき、敦子被告が「霊媒師JUN」になりすまし、事件を主導した首謀者であると認定しました。この判決は、直接的な暴力を用いない心理的支配が、重大な犯罪の根源となり得ることを司法が明確に認めた重要な先例となります。直哉被告はマインドコントロール下にあったものの、精神鑑定の結果、刑事責任能力が認められ、両名に実刑判決が下されました。

本事件は、家族という閉鎖的な空間が、いかに外部から見えにくい形で虐待や犯罪の温床となり得るかという社会的な課題を浮き彫りにしました。また、心理的支配が個人の自由意志を深く歪め、犯罪行為へと誘導する恐ろしさを示しています。このような複雑な事件の解明と、被害者の救済、そして再発防止のためには、心理学、法学、社会学といった多角的な専門知識を結集し、家族内の隠れた病理に対する社会全体の認識を高め、早期介入を可能にする仕組みを構築していくことが不可欠であると考えられます。両被告が控訴していることから、今後の上級審での判断が、心理的支配下の犯罪における法的責任のあり方に、さらなる影響を与える可能性があります。

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